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パン屋


パン屋

 

元々に住んでいた町には無かった。

売っている場所が無かったわけではない。コンビニはさすがにあった。

徒歩十五分ほどの場所に。

そんなのは無いのと同じだろう?

 

積極的に、というわけではないが。

旅行先でパン屋さんを見つけると決まって入っていた。

そしてそのたびにああいいなあうらやましいなあと羨望した。

買ったパンを神社や海辺で食べる穏やかな時間は、

複数ある旅行の目的のひとつと言っても過言ではない。

 

しかしそんな自分は今や過去の姿となった!とても喜ばしいことだ。

手を伸ばせばすぐのところに、今はパン屋さんがあるのだ!

 

近所のパン屋は徒歩三分圏内にある。

値はもちろんまあまあするが、そんなことは些事だ。しょっちゅう行くわけでもない。

種類は豊富で、開店してから三十分ほど経ってから行くと、

なんと焼きたてが店に並ぶ!!

それを知っている人が多いので比例してお客さんも多いが。

しかしそれも例のごとく些事だ。

気にもならない。

焼きたてのさつまいもパンとプレーンパンと冷えた瓶牛乳を持って近場の公園へ行き、

それらをたのしみながら読書する時間を得られることを考えれば。

 

そんな穏やかな時間を過ごしながら食べるパンも好きだが、

自転車で何十キロと走りながら食べる菓子パンも、

明らかに今じゃないという時に食らう菓子パンも好きだ。できればもう二度と経験したくないが。

 

そんな経験を下述する。

 

夕暮れに追い立てられながら山道を上り、下ったことがある。

街灯は申し訳程度しかなかったし、

むしろ、点滅するそれらは恐怖感をかき立てた。今でもぞっとする。国道だか県道だかを挟み込む森の木々は鬱蒼としていて、夜の到来を今か今かと待ち望みさけぶように風で揺れていた。

明らかに、意志を持っていた。

上りは実体をもたないとされる存在を想像して駆けた。

果たして下りは、昏い中を猛スピードで駆けることとなった。

カードを裏返すように、恐怖感は裏返った。安堵へ、ではない。

物理的なものへの恐怖に、だ。

経験がある方、もしくは想像力のある方からはご理解を頂戴できるだろう。底を覗くような角度の曲がりくねった坂道を、猛スピードで下ることを覚悟しなければならないあの瞬間の恐怖を。

私は間違いなく怖気づき、恐怖し、ブレーキに指をかけかけた。

たぶん、反射的にそうした。

しかし私は理性的にペダルを踏んだ。最終的に林に自転車ごと突っ込んだ結果を鑑みると、馬鹿な判断であることは万人万国共通だろう。しかし私は後悔こそしていない。

私は車道に飛び出して峠を攻めた。まるで頭文字Dのように。

そんな最中、私は菓子パンを鞄から取り出し、食した。なぜか。

食べたのはエスカルゴパンという名のクリームパンと、

なぜ車に迫る速さで駆けている最中に食べたのか、今でも知れない。きっと、ずっと知れない。

ただおそらくは、

こんな状況でも余裕ぶれるという自分を演出したかったのかもしれない。子供じみている。

しかしそれでも、だからこそ、よく覚えているのかもしれない。

 

ちなみに食べたのはふたつ。

カスタードクリームがぎっしりとつまったアップルパイだった。

どちらもとてもあまくてうまくてまた食べたいと思っている。

空でも眺めながら。きっと最高だろう。

 

穏やかな状況で食すパンも、

馬鹿な状況で食べるパンも、

どちらも印象深い。

 

うまいパンは目の前の景色を特別にし、

景色もまたパンをさらにうまく、そして特別なものにする。

 

すべての食事について言えることだが、片手で食すことができ、持ち運べるというパンの利便性を踏まえればパンがその代表のひとつと言えよう。

 

大人になるまで、パンは身近なものではなかった。

父が米派かつ、パン嫌いだった。パンの存在を許さないと言わんばかりの嫌悪はなかったが、朝食にパンが出ると少し嫌な顔をしていた。母はすこしも気にしていなかったが。

それでも、

パンはやや心理的に遠いところにあるものだった。

 

だからなのだろう。

パンを私は特別なもののように感じている。

 

パン屋に行けばいつだって迷うし、つい口端が上がってしまう。

焼きたてのパンのにおいをかげば腹が鳴るし、プレーンパンで満足できてしまう。

そんな自分を恵まれていると思う。

 

そして今ではパンを別の面でも愛している。

安いのだ。圧倒的に。

近所のスーパーで売っている八枚切りの食パンはなんと脅威の税込100円だ。

全家庭の家計の味方だ。

こういった意味でも、私はパンが好きだ。

 

最後にひとつ。

私は、パンより米派だ。僅差で。これは父の教育の賜物だろう。

 


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