2026.04.24
諸事情あって四時に起きた。
苦ではない。
毎朝五時前には起きているおかげだろう。
昨日の夕方から今日未明まで雨が降ったようなので、開けた戸から入る風は涼やかだった。
路面は当然濡れている。
筍の下処理をしたのは昨晩のことで、今朝に片付けなければいけない食器類は多かった。
普段は夜のうちに片付けて翌朝にすることをほとんどなくしてしまうが、
寝る時間の間際まで下処理していた昨晩は、
そうはいかなかった。
朝にすべきことは可能な限り少ない方がいいと思っている。
朝はただその一日をしたたかに過ごす準備をしていたい。
だから毎朝早起きしている。
習慣化しようと思って実際にそれを行動に移したのはひとり暮らしをはじめてからだけど、
早起きの自体はいまになってはじめたことではない。
小さい頃からとくに意識せずとも早起きしていた。
目覚ましをかけていたような覚えはない。
気付くと六時前には起きていた。
静かな我が家がなんだかすきだったので、二度寝とかはほとんどしなかった、
と、思う。
毎朝五時半ぐらいに起きている、という話を当時の同級生にしたら、
「おじいちゃんみたい」とよく言われた。
当時は必死に否定していたような気がするが、
もうあまり否定できないような気がする。
「おじいさん=早起き」というのがそもそも本当に正しいのかはわからないが、
少なくともふたりの祖父は早起きなので、そう仮定するとして、
四時に起きることが苦ではない、というのはたしかにあまり若者らしくないのかもしれない。
あまりうれしくない話だ。
人と違うというのはやや不安になる。
合わせる気もないので、不安になったところで、という話ではあるが。
しかし、
早起きに関して言えば、とてもとてもいいものなのでやめる気も、やめられる気もしないので、
今さらどうこう言っても仕方がない。
私は生涯に渡って早起きし続けて生きたい。
もちろん、早寝も心掛けたい。
早起きをするのなら早寝も心掛けなければ意味がないと確信する。
「早起き」とは称号ではない。手段でしかない。
何をするための、手段なのかはひとそれぞれだ。
私の場合は、
健康でいるための、
朝をゆっくり過ごすための、
今のように文章を綴るための、
THE GUY PERRYMAN MIX -Non-Stop Flight-を聴くための、
濃く苦いインスタントコーヒーをちびちびと飲むための、
( 他にもいろいろあるが )
手段だ。
遅くに寝ては上記のどれも万全の状態で楽しむことができない。
早起きと睡眠時間の確保と精神安定化のために、早寝は必須だ。
精神が熟したほとんどの人々と同様のことを言おう。
寝てない自慢など、自己管理力の無さを恥ずかしげもなく周知させることに他ならない。
早寝早起きこそ自慢すべきだ。もしするのならば。

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